本文へスキップ
物語と記憶

銭湯 — 湯ではなく場所を開ける商い

2026.06.01 読了 約3分 KyotoParallel 編集部

この記事の要点

  • 銭湯は、内風呂の普及とともに全国で数を減らし続けてきた業態である。
  • 京都の船岡温泉のように、建物自体が登録有形文化財になっている例もある。
  • 若い世代が廃業寸前の銭湯を継ぎ、設備を更新して残す動きが出ている。
  • 「裸の付き合い」という地域の機能を、どう次の世代に渡すかが問われている。

「うちは、湯を沸かす商売やと思われがちやけど、ほんまは場所を開けとく商売なんです」。番台に座る年配の主人は、そう言った。なぜ銭湯を続けるのか、という問いへの答えがそれだった。内風呂が当たり前になった今、湯に入るためだけなら、わざわざ銭湯に来る理由は薄い。それでも来る人がいるのは、湯ではなく、場所のほうに用があるからだという。

銭湯の数は、長く減り続けてきた。各自治体や業界団体の統計でも、内風呂の普及と燃料費の負担を背景に、全国の公衆浴場の数が大きく落ち込んできたことが示されている。「燃料代は上がる、客は減る、設備は古くなる。畳むのが普通の判断です」と主人は淡々と言う。

文化財になった風呂

一方で、建物そのものが評価される銭湯もある。京都の船岡温泉は、その一例だ。京都市や文化庁の登録有形文化財の情報によれば、船岡温泉の建物は大正期に建てられ、唐破風の意匠や彫刻を備えた建築として登録されている。湯を浴びる場所が、建築として保存される対象になっている。古い美術館が建築ごと残されたのと、根は同じ評価軸だ。

「ただ、文化財やからというて、客が増えるわけやない」と主人は釘を刺す。「建物がええだけでは、湯は沸かへん。誰かが毎日火を入れて、掃除して、開け続けなあかん」。保存される価値と、商売として回ることは、別の問題なのだ。

継ぐという選択

近年、廃業寸前の銭湯を若い世代が引き継ぐ例が出てきた。「うちにも、継ぎたいて言うてくる若い人が来ますわ」と主人は言う。彼らは、古い建物を活かしつつ、サウナを整えたり、湯上がりに過ごせる場を作ったりして、来る理由を作り直す。湯だけでなく、過ごす時間を売る方向だ。

「それは、ええことやと思う。やり方は昔と違うても、場所を開け続けるという一点は同じやから」。主人の言葉を聞いて、京焼の作り手が「客が変われば作るものが変わる」と言ったのを思い出した。残すために中身を変えるという判断が、京都のあちこちで同じ形で繰り返されている。

「裸の付き合い、て言うやろ。あれは比喩やなしに、ほんまに裸で隣り合うことやねん。会社の肩書きも、年齢も、湯のなかでは関係ない。それが銭湯の機能やった」。主人は、その機能をどう次に渡すかが、いちばんの宿題だと言う。設備は更新できる。建物は保存できる。だが、見知らぬ者どうしが裸で同じ湯に浸かるという、あの平らな関係をどう残すかは、設備の問題ではない。

暖簾をくぐって外に出ると、煙突から白い湯気が上がっていた。湯を沸かす商売ではなく、場所を開け続ける商売。その定義に立てば、銭湯が直面しているのは設備の老朽化ではなく、場所を必要とする人がまだいるかどうかという問いだ。湯は沸かせる。問題は、その湯のまわりに、いまも人が集まる理由があるかどうかである。文化財の指定も、若い継ぎ手も、その理由を作り直すための手段にすぎない。

参照

  • 文化庁・京都市 登録有形文化財(船岡温泉)関連情報
  • 公衆浴場に関する各自治体・業界団体の統計資料
KyotoParallel 編集部 編集メディア「京都パラレル」編集部